ガールズにちゃんまとめ~生活・鬼女~

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    908: 名無しさん@HOME 2013/11/27(水) 10:21:57.23 0
    弟夫婦は、経済的に苦しいという理由で結婚と同時に実家で同居を始めたが、
    弟嫁は父が亡くなったとたんに態度が豹変。
    家事放棄して、一日中寝てるか遊び歩いているらしい。

    情けないことに、弟は嫁の態度を改善させる事も出来ず、間に立ってオロオロ。
    私は母に相談されて、弟夫婦を追い出せ、なんなら手伝うって言ったんだけど、
    驚いた事に母の方が実家を出た(土地家屋の名義は母のまま)
    母は父とうまくいってなかったし、いまだに小姑である叔母達がデカい顔をして
    出入りしている家には、何の未練もないそうだ。
    しかも今私が住んでいる都市の郊外には母の実家もあり、仲の良い姉妹も
    住んでるので、この街でマンションを買うことにした。
    んで、母が実家を出てから数ヶ月、今まで母が遮断してた叔母達の口撃を
    一人で受けることになった弟嫁が電話で泣きついて来た。
    ホコリだらけの仏壇をみた叔母が怒りまくり、毎日毎日説教に来るらしい。
    居留守は見抜かれ、朝から出かけても叔母のおかんネットワークは凄まじく
    弟嫁の外出先にも凸して説教。
    「もうあの店には恥ずかしくて行けない」そうだw
    家を出たい、お母さんが買ったマンションに住みたいとか図々しい事を
    言い出したので、不愉快だから二度と電話かけるなと、ガチャ切りした。
    弟からも電話があり、母に帰って来て欲しいとか、叔母をなんとかしてくれって
    泣きつかれたけど、
    「良い機会だから、嫁にしっかり家事を仕込んでもらえば?」
    って言ったら、そうだなぁ、ちょっと考えるって言って電話を切った。馬鹿だ。
    現在母は、家具屋や雑貨屋を廻って、産まれて初めての一人暮らしの準備にうきうき。
    母が実家を出るきっかけを作ってくれた弟夫婦には少しだけ感謝している。




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    548: おさかなくわえた名無しさん 2020/01/18(土) 14:27:28.71 ID:9jt2t4jB
    子供の頃母は暴力毒親だった
    特に被害を受けてたのは3歳上の姉
    姉8割、私2割、弟0(溺愛)って感じ

    1番上だったし、要領も悪かったので、
    母に些細な事でぼこすか殴られてた

    私はそんな姉を見て、これをやると殴られるんだ
    と学習し被害が少なく
    弟は子供の頃性格ねじ曲がっていて、
    姉が殴られるよう母に仕向けることもあった

    中でも記憶にこびりついてるのが
    ある日曜の朝テレビ見ながら朝食を食べてたら、

    弟が口の周りに米粒わざとつけながら
    茶碗を前に差し出し満面の笑みで「おかわり!」
    と言ったら母が
    「(姉)ちゃんおかわりよそってあげて?」と言い、
    それに対し要領の悪い姉は「やだ!自分でやって!」と

    すると母はいつものごとく
    瞬間湯沸かし器のようにブチギレ、
    目の前にあったコップの水を姉に向かって掛け
    殴る蹴るの暴行

    母「謝れえええええ!!」
    姉「ごめんなさいいいいい!!」
    母「心がこもってない!!」
    姉「いやああああああ!!」
    怯えて動けない私、ニヤつく弟(幼稚園児)

    ちょうどその時テレビでおじゃ魔女どれみって
    少女向けのアニメがやってて、
    エンディングが流れたんだよね

    そのエンディングの歌詞の中に
    「今日はなぜか言えなかった喧嘩の後のごめんね」
    ってフレーズがあるんだけど

    姉を殴る手を止め母が
    「なんていい歌だ。今のあんたにぴったりね」と言い
    「あ・し・た・は あ・た・ら・し・い 
    わーたしにでーあーいーたーい」
    とその歌を最後まで歌ったと思いきや
    また姉を殴る蹴る

    この出来事は当時小学生の私でも
    忘れられないくらい恐怖で、その歌がトラウマになった

    私の母は明らかにおかしいと思ってたんだけど
    父の働いてる会社が倒産し、
    母も働かないと生活していけなくなり母就職

    すると母は別人のようにいいお母さん風になり、
    暴力も一切無くなったことに衝撃
    母にとって専業主婦というのは
    とてつもなくストレスだったらしい

    …かといって姉に対する仕打ちは
    許されたものではないけど…

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    857: 名無しの心子知らず 2012/01/22(日) 00:29:02.26 ID:O8dlR2gx
    実母と夫が痩せろ痩せろと、すごい言ってくる。
    気持ちは分かるんだけど、まだ6wで
    つわり真っ最中なんだ……

    気持ち悪い、と思ってみかんに手を伸ばすも
    鬼の形相でダメッ!!!
    食べつわりで気持ち悪いんだ、食べさせてくれと
    懇願してもダメッ!!!

    梨一個食べて
    「もう今日一日分の食事はそれで終わりね」。
    薄くしたスポーツドリンクも
    薄くしたレモンジュースもダメ、
    ミネラルウォーターだけなら飲んでもいいよ…

    吐きながら「お願いだから、お願いだから
    小さなオニギリを食べさせて欲しい」と
    「ダメダメ、白米なんか一番太るんだからね。
    一切食べないないでいいよ」

    本当に本当につらくてボロボロ泣いても
    「赤ちゃんの為に頑張ろうね!」。

    布団の中でうつろな目でオニギリタベタイオニギリタベタイ……
    火垂るの墓みたいにタヒぬのかな、私……

    実母だからどうしょうもないけど、
    姑だったら絶縁して葬式も出ないレベルの恨み。

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    228: 名無しさん@おーぷん ID:ShL

    母がなくなった。涙なんか一粒も出なかった。
    最後の最後まで腹を割って話せなかった。なくなった今もやっぱり母に対する憎しみが残ってる。

    リアルじゃ言えないので吐き出させてください。

    小学校の高学年ぐらいの頃から、時々フラッシュバックのように思い出す映像があった。
    2階建てのコーポに住んでて、玄関を入るとすぐ左側にお風呂とトイレがあって
    右側に台所、奥に和室が2つ、・・・ってところまで映像として覚えてて
    コーポの真ん前にある雑草だらけの空き地で近所の子供たちと缶蹴りして遊んでる。

    でもアルバムにはその頃らしい写真が一枚もない。

    母に聞いても戸建にしか住んだことは無いって言うし、
    父に聞いても「前世の記憶か?」って茶化される。


    なんだろうってずっと思いながら、中学卒業間近のある日。
    ひとりで田んぼのあぜ道を下校してる時に、不意に思い出した。



    そのコーポに母ではない女の人が住んでた。一緒にお風呂に入ったし、手作りのお菓子を食べた。
    そしてそこには父もいた。
    その瞬間、思い出してしまった。

    私、小学校に上がる前に父と、母じゃない女の人と、私と、3人で住んでた時期があった。
    そして叫ぶように泣きながら玄関を塞ぐ女の人を父がなぐるように振り払って、
    父は私の腕を掴んで引っ張って玄関から出た。

    腕が痛くて痛くて泣きながら離して!って叫んでる自分。
    あの女の人はたぶん父の愛人。そしてあの記憶は多分ふたりが別れた時のものだ。
    まるでパズルが一瞬でピシッ!と完成したような感覚で思い出した。

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    49: 名無しさん@HOME 2015/01/09(金) 12:39:43.69 0.net
    私が小学校低学年の時
    父は単身赴任
    母はフリンをしていた
    私はその人を「おじさん」と呼んでいた

    久々に父に会えたある日
    私は父を「おじさん」と呼んでしまった
    その時の光景を今でも忘れない
    母に助けを求める視線を送る私
    逃げる母
    私を問い詰める父
    その声の大きさに泣き出す弟
    子供心に感じた恐怖を未だに忘れることが出来ない

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