ガールズにちゃんまとめ

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    628: 名無しさん@HOME 2013/04/06(土) 01:21:42.16 0
    相談お願いします。嫁が出て行きました。
    先月末の事なんですがうちの母と嫁は誕生日が2日違いで
    近いのですが子供達が母にだけケーキとプレゼントを買い
    嫁の事を完全に無視した事に怒って家出し、当分帰りたくないそうです。
    子供達は喜んでいます。これはどうすべきでしょうか?

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    99: 素敵な旦那様 04/12/10 00:32:38
    初めてここにきました。
    友人に勧められてきて、ある程度のルールは聞いたけど失礼があるかもしれない。
    相談させてください。
    女房が年末のこの時期に女房の実家に帰ってしまいました。
    結婚したのは今年の6月、子供はもちろんまだいません。
    俺28女房29、恋愛結婚です。
    四人兄弟の末っ子で三男です。

    11月の半ば頃、女房に言った一言で喧嘩になってしまい、11月終わりに実家に戻ってしまい迎えに行っても帰るのを拒否されています。
    俺の実家に行って、みんなでなごやかに話していた時、母親が「※さんとは話が合うし、楽しいわ、一緒に暮らしたいわね」と言いまして、
    「ああ、俺もそうしたいって思っているんだけどさ」って言ったんですよ。
    元々、長男次男と親は仲が良くなくて、自分がいつかは・・・と思っていたので。
    そうしたら、家に帰って女房が怒りまくって・・・

    それまで、凄く仲良くて女房も「あなたのご両親が私の本当の親だったらいいのに」って言ってくれていたのに、この豹変。
    「なんで三男のあなたが親と同居しないといけないのっ」って聞かれて、
    「大勢で暮らした方が楽しい」と答えた次の日、実家にドロンされたのです。

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    1: 離婚さんいらっしゃい 2012/06/01(金) 07:34:30.12
    スレ立てるのは初めてだが...
    ちょっと吐き出したかった。
    ちなみに叩かれるのは承知の上だ。

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    52: 名無しさん@おーぷん 2016/05/05(木)17:48:20 ID:xIh
    前に投稿者が四六時中ラインしまくってて
    家族からの信頼を失ったってのあったけど
    ほんとスマフォはちょっと間違えると家庭ブレイカーに変わるんだなぁ
    もれなくうちの家庭もある時から母がソシャゲでスマフォいじいじ
    なんかイベントあるとかでご飯の支度もせずにスマフォいじいじするので
    その時は俺と妹が夕飯を作る

    ご飯食ってる時も隠してるつもりなのか片手箸、もう片方の手をテーブルの下に入れてるけど
    視線はほぼ下に向いてるからモロバレ
    妹や俺が話しかけても生返事で会話にならない
    父は何度か話し合いをしたようだけど効果なし
    GW初日に父が俺と妹呼んで母さんって必要かな?みたいなこと言ってきた
    俺が返事するよりも先に中2の妹が炊事洗濯掃除なら兄と手分けして出来るしいらないんじゃない?って即答した
    多分いや確実に両親は離婚するとおもう
    俺も妹がいらないってなら、それでいいと思ってる

    誕生日でおめでとう(棒読み)って言われて直ぐにスマフォ弄り出されてから
    自分も相手が母ながらほとほと愛想はつきている

    546 :ガールズにちゃんまとめ 2015/11/11(水) 10:31:17 ID:Zh4
    母がここ一年でヒステリックを起こすようになった。
    それまでは優しくて温厚、いつもニコニコしていて家庭を明るくしてくれる人だった。
    私と兄はすでに結婚して実家を出ており、母の変化にヘルプを出してきたのは父。支えきれない、離婚したいと何度も言っている。
    兄はさっさと離婚すれば?と言っているけど、私は父の離婚して母を見捨てる思考に憤りを感じている。
    私達兄弟が子供の頃、父が会社をクビになり、母がダブルワークをして家庭を支えた。父を正社員で採ってくれるところが見つからず、バイトをしながら就活。
    私はこの時点で、何故父がダブルワークをしないのかと思ったけど、ダブルワークをしてたら正社員になる就活をする時間がなくなるからだと無理矢理納得。
    母は家事子育てに+してダブルワークをこなし、父の就職をサポート、正社員が決まりようやく解決。
    私達兄弟が成人して少したった頃、父が骨折した。まだ実家にいた私と母が父をサポート。どうしてもできない部分だけ、手を貸したり、うまく歩けず落ち込む父に母は頑張って豪華な料理を振舞ったり
    足が治ったら夫婦で〇〇に旅行に行きましょうと計画を練ったりしていた。ちなみにこの頃は母の仕事が軌道に乗り、生活にかなり余裕があったから出来た事だった。

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