ガールズにちゃんまとめ~生活・鬼女~

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    818 :ガールズにちゃんまとめ 2018/02/13(火) 06:50:37 0.net
    記憶が曖昧なんだけど、幼稚園ぐらいの頃に夜中に目がさめると両親がケンカしてて母親が泣いていた。
    父親の隣には見たことないツンとした若い女の人がいて、幼心に「お客さんの前でお母さんが泣くなんてただゴトではない!」と思いリビングに乱入した。

    母親は泣き続け、父親はビックリしてあたふたしてたけど、女はチラッと私を見ただけでまたツンと横を向いた。
    「お母さんが泣いてるのはコイツが原因だ!」と思ってその女に「こんばんは!◯◯です!」と元気よく笑顔で挨拶した。
    その女は「あー」と言ってまたツンと横を向き、父親が慌てて「お父さんの友達のランちゃん(みたいな名前)だよ!よろしくね!」と言ってきた。
    当時私は子役時代の安達祐実に似てていつも「かわいい!」「安達祐実ちゃんみたい!」とどこに言っても言われていて自分の容姿にかなり自信があり、そのツンとした女は私の幼稚園の担任に比べたら厚化粧で全然可愛くなかった。
    なので「お姉さん、人の家に来たらちゃんとご挨拶しないとダメなんだよ!」とか「お姉さんの目はなんでそんなに黒く塗りつぶしてるの(ぶっといアイライン)?私はお目めパッチリだからそんなことしないよ!」とか
    「髪の毛がタワシみたい!私の髪の毛サラサラでしょ!」とか叔父が確かバリ島のお土産でくれた木彫りの人形を指差して「◯◯叔父ちゃんがくれた外国のお人形に似てるね!ホラ、あのテレビの横に置いてるヤツ!私はリカちゃん人形に似てるって言われるよ!」と
    父親が止めるのも聞かず懐くフリをしてソファーの隣に座り女の容姿下げ自分の容姿上げで話しかけ続けた。
    そしたらその女は「なんなのこのガキ!!ケンカ売ってるの?!」みたいに父親にキレ出したが、私は半べそで「お父さーん、このお姉さん怖い~」と泣きついて父親が私を庇うような姿勢だったのが気に入らなかったみたいで女は怒って出て行ってしまった。
    父親は途中まで追いかけたみたいだけど、すぐ戻ってきて「さぁ、もう遅いし寝ようか!」と言った所ぐらいまで思い出したが、その後のことはまったく思い出せない。

    この事はずーーっと忘れてて、私の子供が幼稚園に入った去年、フラッシュバックするように思い出した時が修羅場だった。
    セリフは曖昧だけど、だいたいこんな感じの事を言ったかな程度です。
    後、今は安達祐実に似ても似つかないのも修羅場です。

    36 :ガールズにちゃんまとめ 2016/05/05(木) 13:33:32 ID:x3O
    現在進行形。愚痴。
    GWだから昨日まで義理実家に行っていた。
    舅はマシンガントークで24時間人の悪口を言ってる人。悪口言ってないと毒素が体に回ってタヒぬんか?って位
    私の悪口を言い、私両親の悪口を言い、家族や知人を悪くいい、テレビに映った芸能人や政治家を貶してる。
    姑、義妹、夫は置物。義姉は舅そっくりで、舅と二人でずーーーっと誰かを貶している。
    夫は私を庇ってくれたことはない。
    帰り道の車中で「ごめん」と夫が言い「いいよ」と私が答える。それが恒例だった。
    でも今年はダメだった。
    うちの父、もう二回癌をやってる。義理実家の皆もそれを知ってる。
    私がお土産を差し出したとき、舅の手に少し触れた。そしたら舅が「癌がうつるw」と言った。
    動揺が顔に出たみたいで、私が嫌がってると気づいた舅と義姉はその後何度も同じことを言ってきた。
    今日のお昼前、やっと帰れた。
    夫は車中で「ごめんな」でも私は「いいよ」と言えなかった。どうしても言いたくなかった。
    気まずい沈黙がしばらく続いて、夫がちっちゃい音で舌打ちした。
    みぞおちのあたりから怒りというか不快感というか、イライラの塊みたいなのがこみ上げてきて
    ああもうこの人と一緒にいたくないと思った。
    夫はとても優しい穏やかな人で、お金遣いもきれいだし、趣味も合うし、
    義理実家さえ絡まなければいい人。
    でも今回はダメだった。我慢できなかった。
    トイレ行きたいと言って道の駅に寄ってもらって、トイレに行くふりをして裏手に逃亡した。
    10分ほど歩いてから夫に「タクシーで帰る。あなたは一人で帰って」とメールした。
    ガンガン着信があったけど、マナーモードにして無視。
    歩いてたらラブホの前に出たからそこでタクシー呼んで、現在に至る。
    夫は20分くらいで諦めたらしく着信は止まった。
    家に着くまでに身の振り方を考えなくちゃ。あーあ。

    224 :ガールズにちゃんまとめ 2018/02/18(日) 19:41:27 ID:tOW

    まじめに働きアリやっていると人生いいことも沢山あるな、とキリギリスを見てて思う。

    自分語りの長文なので、煩わしいと感じる方は回避してください。

    20歳で結婚して、翌年から四人の子を授かった。
    夫は5歳年上で、私たち夫婦は今風に言うDIY好きが集まるサークルで知り合った仲。そんな私たちは結婚と同時に夫の祖父から空き家になっていた超激安中古物件を売っていただいて、今もセルフでリフォームしている。
    子供たちが幼かったころは手形とか足形をとって庭のタイルに嵌め込んでみたり、長男が小学生の図工で作った「だいぶつ」(見た目お地蔵さん)を玄関先に設置してみたり、露天風呂作ったり好き勝手にやってる。
    (サークル仲間に本職の方や引退した大工の方がいて、お知恵を拝借することもある。私自身元大工)
    平凡に楽しく暮らしていたけど、私にはじめて癌が見つかったのは30の時だった。
    以来、治療、再発、治療、再発と繰り返しながら育児をし、少しでも治療費のタシにしたくて在宅仕事ができる資格をとって在宅仕事をやるようになった。
    癌治療は辛いことも山ほどあるけど、夫も子供たちも精一杯支えてくれたし、家族を残してタヒにたくないって必タヒに頑張ってきた。

    そんな私たち家族を、思いっきり笑ってくれたのが母と姉。嘲るって言葉が現代でも使われる言葉だとあの人たちを見ているとわかる。
    実家の父は私が中学の時に亡くなり、生前はそれなりに裕福だったけど、貯めるより使うほうが好きな母と姉が遺産を食い潰し、学費が続かなくなった私は高校を中退した経歴がある。
    結婚も早かったし、家庭菜園やったり、ボロ屋をちまちま自分たちで改造したりしているからお金がないと思われていたんだろうけど、結婚した当初から「学のない貧乏人は働きアリで一生が終わる」って言われてきた。
    「高校も卒業できず、大工なんかやってる惨めな子」って馬鹿にされてきたけど、私が中退したのはこの二人のせい。高校中退して最初の妊娠をするまで大工していた。
    (おかげでDIYにめざめたし、夫にも知り合えた)
    玉の輿とやらに乗るのが賢い女の生き方だって耳にタコができるほど言われてきた。
    この人たちは自分の娘と妹が癌だってわかったときにわざわざ病院に来て、「香典の前払い」とか「タヒんでも連絡して来なくていいから」とか言うような香ばしい人たち。
    口を開けば貧乏人とか、乞食とか、人を馬鹿にする言葉しか言わないから好んで会う理由もないから、距離を理由に極力関わらずにきた。

    その姉は念願だった玉の輿とやらに乗ったけど、相手が20歳以上年上だったことや、あからさまに財産狙いの姉を男性の連れ子(一番上が私と同い年)やウトメが快く思うはずもなく、ほぼ召使いとして扱われてきたそうな。
    で、つい出来心で若い男と浮気。妊娠が原因で即バレして無一文で追い出された数年後、母に痴呆がはじまったそうだ。
    八方ふさがりでどうしようもなくなって「助けなさい」と連絡がきた。
    痴呆の母と高齢出産した子を抱えて色々苦しいそう。
    子守りと介護要員と労働者として使ってくださる気なのか、うちの子を寄越せと言ってきた。
    何度も掛かってくるから、長男が電話に出た時に「アリとキリギリスの話知ってる?怠け者のキリギリスは冬を越せなくてタヒんじゃうんだよー。昔、お袋に寄越した香典、返すね。うちのお袋、生きてるしー」と言ったそうだ。
    (私は通院してて不在だった)

    後日怒り狂った姉から鬼電かかってきて「どういう躾をしているんだ」って言われたけど、ふつうに答えた。「病室に香典前払いしに来るような人とはたとえ血がつながっていても関わるなって教えてあるよ」って。
    そしたら今度は泣き落とし。姉妹なんだから助けてとか、あんたの母親でもあるんだからとか、4人もいるんだから1人増えたって世話できるでしょう、子供だけでも引き取ってとか言いだした。
    直接会ったことがないから判断できないけど、どうも甥は池沼の傾向がある模様。単純に躾がなっていないだけかもしれないけど、素行がたいへんよろしい様子。甥の暴力がひどいみたい。

    全部お断りして、「タヒんでも知らせてこなくていいから」と言っておいた。
    以後見知らぬ番号ごと着信拒否した。
    幸薄い老後だろうなと思うけど、散々働きアリだって馬鹿にされたので、キリギリス様を養う気なんてない。
    長男と長女が結婚して我が家は孫フィーバー中。子供たちが小さかった時にとった手形と足形の近くに、孫の手形と足形をとった。
    長男のだいぶつは今も玄関前に鎮座しているんで、毎朝家族で拝んでる。
    発癌以来、諦めたこともたくさんあるけど、家族を見ていると生きててよかったと思うし、働きアリでよかったなと思う。

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