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    義実家

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    98: 名無しさん@おーぷん 2015/05/07(木)12:32:12 ID:yQd
    俺は夜勤で朝8時に帰宅する。
    乳児持ちの嫁はかなり高確率で嫁実家に帰ってる。
    それは良いが、嫁は俺が出勤してから全く家事しない。
    昼間夫婦で協力して大体の家事を終わらせておくから生活自体は回ってる。
    朝食もずっと俺が出勤前に作っておいてるし。
    でもGW前に俺が風邪引いたからそのサイクルが完全に崩れてしまった。
    GW中、嫁は嫁実家にこどもだけ連れて帰った。
    風邪ぐらい自分でなんとかしろと言われた。


    先輩が心配して奥さんの作ったお粥やパンを持参して来てくれたのが初日。
    あとは冷凍してここ数日中食いつないだ。
    先輩一家は昨晩帰省から帰ってきて、お隣なので先輩がまず最初に俺の様子を見に来てくれた。
    そして今朝はまだ不調だろうからとご家族に混じって朝食をいただいた。
    その時に嫁・嫁母・こどもが帰ってきてしまった。
    みっともないだの嫁の評価が下がるだの部屋で怒鳴られまくって、さっき家から飛び出してしまった。
    俺が高熱出してる間、嫁たちはみんなで旅行行ってたんだよ。
    俺のことを心配してくれたのは先輩一家+会社の同僚だけ。
    親がタヒんでる俺にはこのGWの寂しさも嫁たちの怒りにも耐えられなかった。

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    : 名無しさん@HOME 2012/12/17(月) 02:51:45.00 0
    夫の「この連休は帰らないよ」です。

    今まで、盆正月、GW、土日祝など月に数回は夫実家へ行ったり、うちに来たり。
    妻実家は数年に一度会うだけ。それすら義父に嫌味を言われていた。

    今まで夫は敵だったが、去年娘が生まれてようやく理解してくれて、上記の発言。
    スカッとした。

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    : 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/13(金) 16:19:03.74
    PCが暑さのせいで逝ってしまわれたので 携帯から投下

    長い上に読みにくかったらスマソ


    旦那と結婚の挨拶に行った時 ウトメ コウト コトメ全員から

    『デブが身内になるなんて恥ずかしい!!』
    と、総スカンを食らった

    まぁ当時の私は確かにデブ(152cm60kg)だったし気持ちは理解出来たのだが どうやらそれだけが理由ではなかったようで…。


    なんでも義実家の家計の殆どを旦那が負担していたらしい。

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    641: 名無しさん@HOME 投稿日:2007/11/07(水) 22:21:47 O
    元旦那は子の命を無視してまで義実家に連れて行った杀殳人未遂ヤローでした。
    産後の体調が良くならず、義理両親にも孫を会わせてあげられなかった‥
    そんな中馬鹿がやってくれた!
    「早くパパンママンに孫を抱かせてあげたいぉ!よし!嫁子が寝てる間に連れてっちゃえ~」
    てな感じで生後3ヶ月半の我が子をミルク・オムツも持たず拉致。
    ちなみに義理実家まで実家から電車で5時間。
    バスに乗って1時間。
    我が子が杀殳人未遂ヤローに拉致されてから丸1日後、愛しい子供は点滴の管まみれでした‥
    その後は即離婚をし今は実家で可愛い娘と楽しく暮らしています。

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    444: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/06/25(月) 09:06:57.95 0
    離婚して二ヶ月…最近になり、娘から人伝に連絡が届くようになりました。
    主人との復縁を願うものや、日々生活に不便をしていること、そして姑や主人がとても厳しく当たるので辛い…といった内容です。
    離婚に到った経緯は姑の嫁イビリの域を超えた暴力と、主人そして娘からの暴力でした。
    結婚後すぐに主人の実家にて同居になりましたが、その日から私に人としての生活などはなく、本当に日々奴隷のような生活でした。
    食事を作っては捨てられ、私は食卓に付くことすら許されず台所で残り物を食べていました。
    掃除も洗濯も全ては姑の機嫌次第で、滅茶苦茶にされました。
    最初こそ主人は助けてくれましたが、次第に姑と共に私に辛く当たり始め、いつからか暴力まで。
    ハエタタキや箒や長い竹の物差しなど、道具はさまざまでした。アイロン台やアイロン本体で殴られた事も何度もあります。
    逃げてしまえばよかったのにどうしても逃げる事が出来ず、次第に逃げるという考えすら持てなくなりました。

    そしてずるずると結婚生活という名前の奴隷となっておりました。
    本当に奴隷だったと思います。共働きで得た給料は全て取り上げられ、服を買うにも主人や姑に三時間は土下座をしなければ、下着の一枚すら購入を許されませんでした。
    風邪を引いても休む事は許されず、毎日、朝食と弁当の用意に、洗濯をし干して掃除機をかけてから仕事に行き帰宅してからは、夕食を用意し風呂を沸かし…一息すらつく間もなくあくせく働き、
    姑より先に寝ることも許されなかったので、姑が寝た後午前1時にやっと寝室へ入れました。翌朝は四時起床です。
    それでも娘が生まれてからは、姑も優しくなり主人も穏やかになり、これでやっと幸せになれると思ったのですが、その幸せも束の間でした。

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